残酷な笑顔で最後の罪名を告げて
あと何ヶ月、あと何週間、あと何日、あと何刻生きられるのか。医者に聞いた所で答えはわかりきっている。最期に何か思い残すことはないか、伝えておきたいことはないかと問われれば、迷うことなく「ある」と言う。
だがしかし、他の者に伝えるならばいざ知らず、それをこの男に伝えろと言うの
は余りに酷だ。伝えられる筈が無い。伝えてはいけない、禁忌の言葉だ。
「官兵衛殿、…………してるよ」



十字を切れない手
「それって切支丹の何か?」
そう心酔していた訳ではないのだが、普段の癖と言うのは無意識に出るもので、戦場で見かけた無縁仏の前で十字を切った。毛嫌いしている訳ではないが、凡そ興味のなさそうな半兵衛の前では控えていた行動を取っていた事実に、官兵衛は表情を歪めた。
「祈る時に使う」
「ふーん、切支丹って難しそうだなぁ。俺には、やっぱこっちのが簡単でいいや」
そう言いながら両手を合わせ拝む姿を見ると、何故だか溜まらなく胸が苦しくなる。切支丹を理解して貰おう等とは思っていないが、そういう時に限って半兵衛が遠く感じてしまうのだ。
「ねぇ、神様の国と極楽浄土、どっちに行くと思う?」
笑顔を見せる半兵衛の、無邪気に見せかけた笑みの裏に潜む意味を理解しているからこそ、答えたくは無い。
半兵衛のこういう所が、官兵衛は嫌いだ。




救われたのは私の方でした
「助けてくれと言った覚えは無い」
「素直じゃないなぁ」
襲い来る敵を前に余裕を見せている場合ではない、そのようなこと官兵衛も、半兵衛もわかっている。ただ少し、この広い戦場の中で、一番助けたい者の元へ救援に行けたことが嬉しく、少しばかりじゃれてみたくなったというだけの話。
官兵衛が人前で簡単に礼を言わぬことぐらいわかっている。否、礼を言われたい訳ではない。ただ、生きてさえいてくれればいい。
生きて、こうして背をくっつけて、場所は戦場ではなく縁側だといい。官兵衛が居なければ全て、意味がない。
「でもね、俺は官兵衛殿が無事でいてくれてよかったよ」




世界を壊して、感情を目覚めさせて
「官兵衛殿はどうやったら笑うの?」
覗きこむようにして疑問を投げかけると、案の定怪訝そうな表情をしたまま溜息をつかれた。大方、そのようなことよりも仕事をしろとでもいいたいのだろう。
しかし官兵衛も半兵衛の性格を熟知している。こういう時は答えぬ方が後を引く。
「楽しい時、嬉しい時があれば私とて笑う」
「官兵衛殿は笑いに厳しい方なのかなぁ」
「知らん」
「あー、でもさ俺は官兵衛殿が俺にだけ笑ってくれるの推奨ね。それって結構優越感感じられるもんだよ」
半兵衛は確かに笑うが、官兵衛の前で見せる顔と他の者に見せる顔とでは差異がある。平気で作り笑いする半兵衛に言われても、という思いも有りはするのだが確かにそれをわかる自分は幸せ者やもしれないと思い直した。
そう、思い直したあとで何故そう思ってしまったのかと、己の自尊心の強さに羞恥を覚える。
「知るか」
分かってはいるが、了承するとつけ上がる半兵衛に肯定の返事は送れない。
今はただ、これだけで伝わる筈だ。




そのまま貫け、心臓まで
「嫌いだ」
微動だにせず言い放つ官兵衛の言葉を、半兵衛はただ黙って聞いていた。それから少しばかり力をいれて官兵衛の服裾を掴む。
「もっと言って」
「……、嫌いだと言っている」
「もっと」
「嫌いだ」
言うたびに、半兵衛の腕が震えその震えが官兵衛自身にも伝わってくる。その震えが、官兵衛には恐ろしい。
半兵衛の方を見ては駄目だ、そう己に言い聞かせるのだが視線が彼を追ってしまう。俯く半兵衛の顔が不意に上げられると、官兵衛の胸はきつく締め付けられる。
半兵衛が嬉しそうに、嬉しそうに笑う。
「もっと言って、もっと傷ついて、俺官兵衛殿が傷ついた時の顔が、たまらなく好きなんだ」
そう言われる度に胸が締め付けられる。
だが欲せられれば発してしまう、それが己の恋情表現。




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