2010/2月のお礼文





感じる心
「……、ん」
女のように啼いて欲しい訳ではない。
むしろ官兵衛が女のようであれば不気味だとさえ思っていた半兵衛だが、やはり少しくらいの反応は欲しい。室内に不規則な呼吸だけが漏れ、時折小さな声が混ざるのみで他には言葉を発さない。
半兵衛が動くと互いの熱が複雑に絡まり合い、膨張し、果てる。確かにそこに情はあるはずなのだが、なんだかとても物足りない。これではまるで性欲処理をするだけの行為だ。
「官兵衛殿、…もう一回」
いつもならば官兵衛の身体に掛かる負担を心配しここでやめるのだが、今日は違う。繋がったままの状態で官兵衛へと顔を寄せると、少しばかり角度が変わり官兵衛は思わず顔を背けた。それを拒否と捉らえたか、みるみるうちにしょんぼりとしていく半兵衛を視界に入れると小さく息を吐いた。
「…待て、心の準備がいる。…動くな」
言われて、徐に官兵衛の左胸へと触れると、いつもは一定のリズムを告げる鼓動が、随分とはやい。よくよく考えればわかることなのだ、官兵衛が感情を表に出さないことなどは。だが閨の中でぐらいという思いはあったのだが、この鼓動のはやさだけで随分と満たされる。
なんだ、こんなにも単純なことだ。




聞こえたよ。だから、もう一度言って
官兵衛が何かを呟いた気がして半兵衛はそっと歩み寄る。
それから少しばかり、強請るように首を傾げ官兵衛の顔を覗き込んだ。
「今なにか言わなかった?」
「…なにも」
官兵衛がゆっくりと、左右に大きくかぶりを振る。
半兵衛にはわかっているが、官兵衛は気付いていない。官兵衛が取りとめのない嘘を吐く時の癖だ。ふぅんと一度呟いて興味の無い振りをした後、くるりと勢いよく振り返る。
「別に、好きだって言うぐらい恥ずかしがらなくても良くない?」
「…そのようなことは言っていない」
「じゃあ、さっき言ったこともう一回言って?」
「断る」
間髪いれず官兵衛が否定の言葉を述べると、半兵衛は可笑しそうに喉奥で笑いを噛みしめるようにクツクツと笑い始める。それから悪戯っ子のような笑みを浮かべ手を後ろで組んだ。
「ほら、やっぱりなにか言ってた」
その時の官兵衛の不機嫌そうな顔といったらない。




空洞が埋まらない
所謂『天才』って奴は孤独な生き物だ。
周りの愚物(これは、彼の受け売り。けれど一番お似合いな言葉だなって、思う)に合わせてヘラヘラ笑って、己の力を誇示すれば蔑まれる。一々気を遣うのが面倒臭い。
例えば一人ぐらい、気を遣わずになんでも話せて議論出来るぐらいの相手が欲しい。天下に一番近い織田政権にだってそんな男、一人もいない。辛うじて秀吉様が、話が分かる人だってこと。でも変なところで自尊心が高いから、面倒臭い。
それに比べて彼はいい。
普段の口数はそんなに多くは無いけれど、戦のこととなれば饒舌になる。その普段との差も良いと思う。自分が二人居たらこんな感じなのかと思うほど、彼は良い。




決断を待つ
無理強いはしないつもりだ。
半兵衛とて男に生まれたからにはどうにも譲れないものや、我慢出来ないこととてある。だがそれとこれとは別の問題で、この件に関してはどうしても、と言う訳ではないのだが官兵衛の了承が欲しい。
ただじっと、半兵衛にしては珍しく姿勢を正して官兵衛と向き合う。そしてただひたすらに、一心に官兵衛の眼を真っ直ぐに見詰めた。
普段はよく回る口が沈黙を保ち、辺りには静寂ばかりが訪れる。官兵衛は元来静寂を好むのだが、半兵衛と居る時ばかりはこの沈黙が心苦しい。
耐えようと思えば耐えきれるこの空気ではあるが、その為に神経を遣うのも馬鹿らしい。己が少し、譲歩すれば良い話なのだと一度息をついた。
「好きにせよ」
その言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに笑みを浮かばせ官兵衛の後ろに敷かれた布団に彼を押し倒すようにして半兵衛が飛びかかった




過去の誰かに呼ばれた気がして
ふと、視線を上げる。
目の前には庭先の木々が生い茂り、小さな花壇が目に付いた。
淡い色の花を咲かせるそれを見て、嗚呼と一人、妙に清々しい気分になった。
目の前で、秀吉が笑っていた。ニシシ、と人懐っこい笑みを浮かべながら両手を組んでいる。
その後ろから半兵衛が秀吉を押しのけるようにして、悪戯気に笑みを浮かべ何やら告げていた。
声にはならなかったが、官兵衛はその唇を読んでやおら、笑みを浮かべた。
そうか、と小さく呟いて自由の利かなくなりつつある身体を摩る。
「二十日の、辰の中刻だな…閨で待っていよう」

それから二十日の辰の中刻、官兵衛は静かに息を引き取った。
穏やかな、死に顔であった。




100410
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