2010/1月のお礼文





ああ、今日もまた君を過去に出来なかった 
縁側で書を読みふけっていた所、不意に背の飾りを引かれ官兵衛は煩わしそうに表情を歪めた。
「止めよ半兵衛」
官兵衛に構う人間、それもこのようなことをする者は一人しか思いつかない。
その名を呼んで制止するよう声を掛けるが、未だに構ってくれと言わんばかりに引かれる。
「半兵衛」
言いながら、振り向く。
その声音にはやや呆れも混ざっているのだが、振り向いた先で猫と目が合った。
官兵衛の表情に驚いたのか、猫は慌てて逃げて行く。
『卿は、もう居ないのだったな』
小さく、息をつく。
今日もそこに居る気がしたのだ、と言えば彼は笑うだろうか。




イフが存在する理由
「ねぇ、もしもさ」
「仮定の話は好かん」
半兵衛の話を遮るようにして、官兵衛の重低音な声が響く。
まだ何も、言ってはいないのだとわざとらしく頬を膨らます半兵衛は、まるで童だ。
官兵衛が唇を開きかけた時、半兵衛の手が伸び官兵衛の頬を両手で包みこんだ。
「人の話はちゃんと聞く。これでもし、俺が官兵衛殿のこと嫌いになっちゃったらどうするの?」
「…どうもせん。もし、という仮定は起こり得ないと思うから遣うものだ」
そう、官兵衛が告げると半兵衛は何度か瞬きをして、掌で触れていた頬を手の甲で撫でる。
その仕草が、官兵衛にはなんだかむず痒い。
「ねぇ官兵衛殿」
「まだ何かあるのか」
「官兵衛殿、俺に好かれているって自覚してるんだ?」
「知らん」
それ以外にどう答えればいいのか。
したり顔でにやける半兵衛を前に官兵衛は真顔を保つだけで精一杯だ。




美しき人よ
「官兵衛殿は綺麗だね」
「…眼医者を紹介して欲しいのか」
官兵衛は半兵衛の目、というよりも頭を心配した。
それとも間違えた単語の覚え方をしているのか、否、恐らく頭が可笑しい。
官兵衛は手にしていた本の頁を、めくる。
もう半兵衛の話等耳の片隅にしか残ってはいない。
「官兵衛殿の、書を読む姿が好き。官兵衛殿の目が、ちょっとだけ伏せられるから。まるで口付けを強請るような仕草、だから好き」
片肘をついて、半兵衛が床に寝転がる。
下から見上げてくる半兵衛の顔を見て、官兵衛は黙って書を閉じた。




永遠に苦しめてあげる
『光になって官兵衛殿を見守っててやるよ』
卿が最期にそう言った。
それからと言うもの、私は日の光が苦手だ。
広いこの大地を照らす光の視線は、広い。
その広い視界で、私以外の者を目に映す。
そう思うと、たまらなく胸が締め付けられる。
馬鹿げている。
声も出なくなるほど、辟易した。
自分自身に、だ。




おはよう、おやすみ、それから…
「官兵衛殿、……おはよう」未だ冴えきれない、ぼんやりとした眼差しで己の横へと腰かける男に声を掛ける。
こくり、と小さく頷く彼を見て、半兵衛は安心したように微笑んだ。
それから開いた目をゆっくりと閉じていく。
その様子を見て、官兵衛が制止の手を入れた。
視界の中に官兵衛の手が移ると、半兵衛は気だるそうに閉じかけた瞳を開く。
それからゆっくりと官兵衛の身体に纏わりつくようにして首の後ろに手を回し、唇へと触れた。
「官兵衛殿、おやすみ」
一度食むように官兵衛の唇を噛むと、それ以上官兵衛は何も言わず半兵衛はそのまま眠りにつく。
次に半兵衛の目が覚めると、官兵衛は黙ってそこに居た。




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