Maybe I need you
例えばの話だ。 例えば、何度かしか逢った事のない者を友と呼び 例えば、何度か文のやり取りを行ったとする。 そこから、気持ちは芽生えるものなのであろうか。 恋というものをよく知らない自分はこういう時、厄介だ。 否、恋はしたことがあるのかもしれない。 しかしその時相手は既に嫁いでいて、恋というよりは憧れに近しい存在だったのだと、今だからこそそう思える。 その人は自分が初めて触れた女性だった。だからそう…勘違いしたのだと思う。 では今回はどうなのだろうか、今回は…冷静に考えると自分にとってこれまた初めての相手だ。 今回も『初めて』だから妙な気を起こしているだけなのだろうか。 「三成?どうした、考え事か?」 不意に投げかけられる男らしい声に意識を引き戻される。 じっと己の顔を覗き込むようにしてみてくる男の名は直江兼続という。 石田にとって『初めて』の相手だ。 しかし『初めて』とは言っても艶めいた事や秘密裏なことなど一つもない。 この歳にして『初めて』出来た心を許せる友人だ。 その友人に対して石田は恋心を抱いているのかもしれないと、最近になって思い始めた。 心を通わせあったとは言え、それは友として。 直江に男色の気があるとは聞いたことがない。 亡き謙信公の世話をしていたとは聞くが、それ以上の事は所詮人の噂話だ。 石田三成という男は、自分で見て聞いた事しか本当に信じようとはしない。 だからこそ、直江が男色の気があるという噂も直江自身の口から聞いたことではないので大して気にも止めてはいなかった。 喩え直江が男色家だったとして、それがどう動くわけでもない。 人間関係に関して腰の重い男だという事は自分自身がよくわかっているからだ。 それが恋愛関係ならば殊更。 「いや、大した事ではない」 「そうか?ならばいいが、悩み事があればいつでも私が聞くからな」 「兼続は…恋をした事はあるのか」 ふと口をついた言葉に石田は思わず手の甲で口許を押さえる。 本当につい、ぽろりと零れるように告げたその一言で、一瞬呆けたような顔をした直江の口端が徐々に上がっていき笑みへと変わる。 それから少しだけ石田の方へと近寄って、まるで問い詰めんとばかりの表情だ。 しかし当の石田はそれどころではなく、何故あのようなことを口走ったのかという思いと気付けば数歩分近い直江との距離に狼狽していた。 「何だ三成、恋をしているのか?色恋沙汰に関して私に相談するとはいい判断だ」 「ち、ちちちちち違う。そうではない、ただ」 「ただ?」 見るな見るな見るな、そんな目で見るな。 脳裏でどんなに訴えかけてもそれが直江に伝わる訳もなく、薄い灰色がかった瞳がじっと此方を見てくる。 言わなければきっと、このままだ。 それは困る、困るが何といえばいいのかもわからなかった。 ―お前の事が知りたくて ―男色をどう思っている ―俺がお前を好きだと言ったら 浮かんでくる言葉たちをかき消して、かき消して思考をフル回転させる。 何か、何か言わなければ。 「ただ、その…だな。そういう話を聞かない、からだ」 「三成がそういう事に関心を持っていたとは意外だな」 「お、可笑しいだろうか」 「いや、そんな事はないぞ。だが期待に添えずにすまないが、今はそう言った話は無いな」 話をそらせたと言う安堵感と共に、直江の言う『今は』が気になって仕方がなかった。 『今は』無いということは以前はあったということだろう。 しかしよく考えればそれも当然の事であった。 上杉家の重臣でもある直江に縁談が来ない筈がない。 事実石田とて秀吉から何度も縁談話を持ちかけられたが全て断ってきた。 石田にその気がないのがわかると秀吉とて無理にとは推し進めては来なかったが、きっと直江も同じなのだろう。 その気持ちがわかるからこそ、何処となく気まずくなってしまい石田が押し黙ってしまうと気を利かせてか直江が今度は口を開く。 「三成は、そう言った話はないのか?太閤殿が黙ってはおらんだろう」 「え、あ…あぁ、まぁ…多分兼続と同じだ。今はその気が起きん。こうして兼続と語り合っている方が実に有意義だしな…それに嫁ならば俺ではなく左近に娶らせてやりたい。だがあれも、誰に似たのかそのような気を欠片も見せないでいるから困る。遊女遊びは好きなんだがな」 そこまで言い終えて直江が笑いを堪えているのに気が付いた。 何が可笑しいとばかりに其方を見ると未だ口許を押さえている。 他の者にやられたならばきっと自分は気を損ねているだろうが、不思議と直江相手にはその気が起きなかった。 それよりも何か変な事を言っただろうかと思い返し、妙に多弁になってしまったと頭を掻く。 きっとそれで笑っているのだと、そう思ったのだが実際はそうではなかった。 「三成は、本当に島殿のことが好きなのだな」 言われて石田は、柄にも無く呆けたように口をあけた。 多分直江以外の知人に見られたら終生までネタにされるであろうという程、驚いたような顔をしたのだ。 石田がそんな様子なので違ったのだろうかとも思ったが、石田が好いてもいない者を傍に置くわけがないとわかっているので照れ隠しかと思いなおした。 わかってしまうと面白いもので思わず笑みを浮かべる直江に対して、今度は石田が面白くない。 「何が可笑しい兼続、俺はそのように思われていたのか」 「何だ、違うのか?三成が好いてもいない者を傍に置くとは思えないが」 「それは……そうだが。勘違いするなよ。左近に対する好きと兼続に対する好きは違うのだからな。俺は兼続の方が好きだ」 思わず口をついた言葉の意味を、自ら確かめる。 俺は何を言ったのだと、己に問いてはみるものの答えは出ない。 後悔しても遅い、今まで築き上げてきた直江との関係を自ら破綻させてしまった。 サーッと顔から血の気が失せていくのが自分でもわかる。 何か言おうと口を開くものの、何を言っていいのかわからない。 今更誤魔化す事も出来ずに、かといって直江の顔を見ることすら出来ない。 このまま開き直って言ってしまえばいいのだろうか。 俺はお前の事が好きなのだ、と。 否、そのようなこと言える訳がない。 ぐるぐるぐるぐる、めまぐるしく思考が行き交う。 その時だった、不意に肩を掴まれ殴られるかと視線を斜め後ろへとそらす。 しかし石田の思った通りに事は進まず、何故か直江はいつもと変わらぬ表情を浮かべていた。 「兼、続…」 「島殿よりも好かれるとは、嬉しいぞ三成。私も島殿より三成の事の方が好きだからな。…しかしあれか?愛に優劣をつけてはいけないだろうか。上杉の兵を愛する気持ちにも偽りはないし……上杉の兵と同じほど三成が好きだぞ!」 嫌悪されなかっただけに若干の期待はあった。 本当に少しだけ、僅かではあるが直江の表情を見た時にまさかと一瞬思いがよぎったのを否定はしない。 否定はしないが、まさかこう来るとは思っていなかったと石田は思わずひきつったような笑みを浮かべる。 「そ、そうか……上杉の兵と同等とは、…俺も鼻が高い。それほど兼続に好かれているのだからな」 「うむ、愛している!」 普通に聞けばこれ程嬉しい言葉はないのだが、如何せん直江である。 その「愛している」が己のみに向けられている言葉ではないからこそ、こんなにも素直に喜べない。 此処でもう一押し、出来る性格であればいいのだろうがそれすらも出来ずに何度か頷いて見せた。 しかしこうも思うのだ。 未だはっきりとした気持がわからなかったが、今日の事でだいぶ固まってきたのではないのかと。 きっと自分はこのとんでもないボケをかます男の事が好きで、どうにかしていて、可笑しいのだと。 それがわかっただけでも、十分だ。 だから今は、まだこのままの関係でいい。 後はじっくりと徐々に、城攻めでもするように落としていけばいい。 相手の防御力は未知数だが、手応えのある相手だ。 これから少しずつ 「俺も、愛しているぞ」 ―――お前だけだ ただ今は、その言葉を飲み込んで FIN. 080502 |