きみとなり



きみとなり

出掛けるぞ

そう、言われて屋敷を飛び出した。
否連れ去られたと言ったほうがいいだろうか。
突然開かれた襖から吹き込む風により書きかけの手紙が、パラパラと音を立てて煽られる。
飛んでいってしまわないだろうかと、そう思ったときには遅くて
あ、と声をもらし
けれどもそれは聞こえないのだろうか、馬の蹄の音によってかき消されてしまったのだ。



馬上の男は何も言わず、ただひたすらに馬を走らせ
何故
問うことも出来ず。
何故だかとても胸騒ぎがして
何だろうかこの感じ
それより何より、何故黙ってついてきてしまったのか。
抵抗すればよかったのだ。
「見ろ兼続、海だ」
今まで一言も発しなかった男が、
ふいにいつもは見せない、子供のような無邪気な顔で言うものだから 思わず
思わず一緒に笑ってしまって
ふいに
先程感じた違和感が大きくなる
何を、何を笑っているのか。

ただ呆っと
押し寄せる波とそれに誘われるようにして消えていく砂を見て
またあの男は喋らなくなった
何なのだ。問おうと、ちらりと横を見る。
その端正な顔立ちが何処かぼんやりとぼやけて。
一度瞬きをした。
嗚呼なんだ気のせいか
そんなときだった。
「俺が、もし俺が死んだら兼続、お前はどうする?」
「予定でもあるのか」
「いや、無い」
可笑しな事を聞く男だ。
ならば何故そのような事を問うのか。
今となってはその理由が痛いほどわかるのだけれども、
ただ一言、声をかけてやればよかったのだけれども、
あの時は何も言ってやることが出来なくて


最後に逢ったこの海は、今日も変わらず波の音がするというのに
そこにあの男はいないのだ





FIN.
070523
inserted by FC2 system