ひかりの中で貴方は生きて、

身体を蝕む病が日々進行して行くのがわかる。
次第に立っているのさえ億劫で、気付けばその辺りで昼寝をすることが当たり前になってきた。少しでも体力を回復させたいと横になる。屋敷の庭の片隅で眠っていた筈だった。だが、気付けば暗がりの部屋の中、布団に横になっていた。

「いつまで寝る気なんだ、俺は」

ぼんやりと天井を眺め小さく呟く。見るからに外は暗く、何時間も眠っていた事実に気付かされた。きっと部屋に運んでくれたのはあの人だと、わかっている。

「官兵衛殿、いるんでしょ」

声を掛ければ暗がりの中、静かに、ゆっくりと襖が開く。冷える廊下にずっと居たのであろう、官兵衛が入ってくるだけでひんやりとした空気が流れ込み、半兵衛は肩まで布団を被り直した。
しかし、なんだ。中で待っていればいいものを、官兵衛は水臭い。

「見付けてくれたんだ」
「運悪くな」
「中に入ってればいいのに、手が冷たい」
「いつもだ」

手を伸ばし、官兵衛の手に触れるといつも以上に冷えていた。冷たいと言いつつ手を離すことはせずにそのまま布団の中へと引き込む。その横着さが半兵衛らしいとは思うのだが、いかんせんこの体勢は難しい。
手を離そうとするが、いつも以上に力の篭っていない半兵衛の手を振り払っていいものか、官兵衛は暫し考えた。それから少しばかり、膝を合わせたまま半兵衛の傍へと歩み寄る。

「病は篤いのか」

人に問う時、重々しく口を開くのは官兵衛の癖のようなものであることは知っていた筈なのだが、今日は何故かそれが仰々しく見えた。それと同時にどんなに周囲にひた隠しにしようが、官兵衛には自ずと気付かれてしまうことも。
さてどうしたものか、と半兵衛は考える。
此処で肯定することも否定することも出来たが、どんなに計算してみてもやはり官兵衛の負担が増える事は否めない。例えば前者、病が篤いといえば官兵衛は間違いなく半兵衛を休ませ、休ませた分の仕事を引き受けるだろう。後者にしても同じことだ。大丈夫と言った所で倒れた所を保護して貰っている手前、強く出れない。

「上手く言葉に出来ないけど、多分官兵衛殿の手よりは冷たくなるよ、そう遠くないうちに」
「そうか」
「…俺が、いなくなったら淋しい?」
「どうだろうな…実感が沸かん」
「そこは嘘でも淋しいって言う所だよ。まぁ、そこが官兵衛殿らしいっちゃらしいけど」
「そうか」

病気が篤いのだと、知られたくはなかった。無理矢理作る明るい声を出すのも疲れることなど知られたくはなかった。恐らく官兵衛は全て気付いている。
傍目からみて、普段と少しも変わらない官兵衛だが半兵衛にはわかるのだ。そういう男だ。
官兵衛の、触れた手が、震えている。表情が、辛そうだ。何かを言おうとする唇が、結局何も言えず閉ざされる。
恐らく本人にも気付いていない筈だ。そんな官兵衛の変化をわかる者、即ち自分なのだが、それがいなくなれば官兵衛はどうするのか。また孤独に戻るのか。それを考えるだけで頭が痛いが、だからと言って半兵衛にはどうしようも出来ない相談だ。

「官兵衛殿、そんな顔しないで。未練は一つでも少ない方がいい。それにまだ、今すぐって訳じゃないからさ」
「では卿が天に召されるよう、でうすに祈りを捧げよう」
「あはは、俺キリシタンじゃないから、気持ちだけ貰っとくよ。だからやめてよね、あっちで『でうす』とやらに逢っても俺、困っちゃうし」
「そうか」
「官兵衛殿が、笑って寝て暮らしてたら俺はそれでいいよ。でも笑顔だったら不気味かな〜、官兵衛殿の笑い方って『ニヤリ』っていうより『ニタリ』って感じだからなぁ」
「失礼な」

笑うと、小さく咳込んだ。こんな冗談を言うことさえ許しては貰えないのかと、己の身体を少しばかり恨めしく思う。格好悪いね、そう言って笑いながら握ったままの官兵衛の手を少しばかり握ると、微かながらその手に力が込められる。
黒田官兵衛という男は、こんなにも優しい男だっただろうか。ふと、そう思った。
例えるならば、絶望的な危機的状況で目にした小さな野花に心を救われる、そんな気分でいた。官兵衛を花に例える等、そんな酔狂な真似をするのは恐らく半兵衛だけであろう。そう思うと、可笑しさと愛しさが込み上げてきた。

「なんで官兵衛殿、そんな優しいの」
「優しくした覚えは無い」
「優しいよ〜、これまでに無い程に。気持ち悪いぐらいだ、むしろ怖いな。良いことがあるとその後は悪いことがあるでしょ」
「そうだな」
「だから、そこは否定するところだって」
「そうか」

この人を、置いて行くんだなと思うと半兵衛は溜まらなく不安になる。自分が傍に居て上げなければと思うのに、簡単に起き上がれない身体が憎い。目の端からこぼれ落ちそうになる雫を吸い上げるように一度目を閉じた。
もう、自分が彼にしてあげられる事など、ほんの一握りのことしか残ってはいないのだ。その一握りすら、使い果たした気がする。あとはもう、欲することしか出来ない。そんなお荷物な自分が、嫌いだ。
あと少し、もう少し、一緒に居たい。
そのまま目を閉じてしまえば、もう官兵衛の顔が見れない気がして半兵衛はゆっくりと瞼を上げた。
ひくり、喉が震える。
言えなかった言葉が、吐息になって漏れた。






FIN.
091220
http://farfalle.x0.to/
inserted by FC2 system