無欲な人



無欲な人

「官兵衛殿に質問です、本日12月22日はなんの日でしょう」

相変わらず官兵衛にとって半兵衛は不可解だ。戦のこととなればこれほど頼もしい相手もいないのだが、常日頃の突拍子の無さにはいつになってもついていける気がしないとさえ思う。加えて普段は使わないこの敬語、何かを企んでいるとしか思えない。
毎日毎日、今日がなんの日であるかなど考えはしないのだが、今日に限って聞くということは何か特別な理由があるのだろうが官兵衛にとっては正直、どうでもいい。

「知らん、大安だ」
「おお〜!今日は大安なんだ、そりゃめでたいね。俺はてっきり仏滅かと思ったよ」
「何が言いたい」

回りくどいと一喝すると半兵衛はわざとらしく肩を竦め、両手を上げた後ゆるく頭を振った。たいていのことは先読み出来る官兵衛であるが、どうもこの竹中半兵衛だけは食えん男だと思う。
おおよそ同じ思考を持ち、考え、実践する。
その筈であるのだが、やはり個々の特性と言うべきか、それとも官兵衛があまり俗世に興味が無いからなのか、官兵衛からしてみれば半兵衛は好奇心が尽きない生き物だと思う。 半兵衛がこのように回りくどく答えを求める時に、戦の話は無い。戦の話ともあれば互いにどちらからともなく意見をぶつけ合い、お互いの内情を探ろうなどという気にもならないからだ。ある種、それだけ信頼に値する関係だとも言える。
なので戦の話で無いとなると、官兵衛にはわかりかねてしまうのだ。故に興味の無いものにはすぐに答えを求めるようになった。

「…全然わかんない訳?まぁそっか、官兵衛殿は自分のこととか興味なさそうだもんなぁ」

己の事、と言われても未だ実感はわかない。12月22日と官兵衛、何が関係するのか。半兵衛の煮え切らない様子に官兵衛も辛抱出来ず眉間へと皺を寄せた。ただでさえ人相の悪い顔が、更に悪く見えてしまう瞬間である。
その皺を伸ばすように、やや背伸びをして半兵衛が人差指で眉間へと触れると、数秒経たないうちに振り払われる。官兵衛は、妙な所で潔癖だ。そんな官兵衛を、半兵衛は可笑しく思っていた。

「今日さ、俺の好きな人の生まれた日な訳。官兵衛殿にも知ってて欲しかったんだけど、やっぱ官兵衛殿にこういう日を覚えろっていう日の方が無理だよね。因みに12月27日は何の日?」
「秀吉様に謁見する日だ」
「…これだもんなぁ。まぁいいや、俺さその人になんか上げたいんだけど。官兵衛殿だったら何を貰ったら嬉しい?参考までに」
「天下泰平」
「……いや、それスケールでか過ぎるから。もう少し小さく」
「ふむ……では、勝ち戦。それも出来れば無血開城が望ましい」

至極淡々と、時折考えるような仕草を見せる他には真顔でそう告げる官兵衛に、半兵衛は何とも言えない微妙な気持ちに陥った。しかしこの様子を見るからに、否官兵衛と言う男は冗談というものを言わない性質であるからして、やはりこの回答は真面目に答えているらしかった。
それとなくわかっていた事だが、官兵衛には欲と言うものが欠落しているように思える。官兵衛の欲する欲は、結局の所巡り巡って誰かの為になることでしかないのだ。主にその行先は秀吉になることが多いのだが。
それにしても、だ。官兵衛の欲するものが分かったところで一朝一夕でなんとかなるものではない、半兵衛は困ったように頭を掻いてその手を翻したかと思うと軽く左右へと振った。無理だと、判断するまでもなくそう思ったらしい。

「それって、官兵衛殿が秀吉様に上げたいものでしょ」

馬鹿馬鹿しい、やってられない、そんな思いを呆れたような口調に込めた。恐らく官兵衛は、何故半兵衛がこのように思ったかわからないだろう。わからないだろうが、恐らく半兵衛の気の済む回答でないことだけは、わかった筈だ。表情こそ変わらないもののピクリ、と官兵衛の皮膚が若干上向きへと上がるのを己の肌で感じた。

「卿は違うのか」
「違うよ、だって俺は秀吉様に上げる訳じゃないし」
「そうか。私は…卿の好いた者を他に知らん」
「そーうですかー」
「何だその顔は」
「べーつにー。官兵衛殿ってそういう人だよね」

更に機嫌を損ねたらしい。
しかし官兵衛の頭の中には調略や謀略と言った類の事であればすぐにでも解決策を見出すのだが、困ったことに答えが出ない。恐らく放っておけば明日にでも半兵衛は何食わぬ顔でいつも通り過ごすのだろうが、何をどうして、此処まで機嫌を損ねたのかがわかりかねた。戦や調略中の相手の心情など想像するに容易いことであるのだが、中々どうして、日常生活は難しいものだ。
怒った、と年甲斐もなくいきり立つ様子を見せるのはわざとだとわかっている。その証拠に角を曲がる際、振り向きざまにべっと舌を出された。まるで童だ、と呆れてしまい結局のところ半兵衛が何用で官兵衛の元へと出向いたのか、その時はわからなかったのだが後になってそれがわかった。

「殿、生誕日おめでとうございます」

側近の者にそう言われたときに、漸く半兵衛が出向いた理由が少しばかりわかった気がした。しかし半兵衛はもう此処には居らず、伝える術は官兵衛自身が出向くしかない。よくよく考えると、確かに生誕日を祝いに来た者に対して大変失礼な事を言った、…気がする。
半兵衛が機嫌を損ねた理由も、やはり少しばかりだがわかった気がした。だがしかし、己も悪いところはあるにせよ、最初からそうだと言わない半兵衛も悪いと思った。勿論、半兵衛が気付いてほしかったのだろうことも、わかっている。

『何が好きな人、だ』

やはり回りくどい。
半兵衛の元に出向こうかと一瞬でも思ったが、半兵衛の回りくどさに苛立ちを覚え官兵衛は手近な書を取り出し、読みふけることに没頭した。己からは逢いに行かない、そう決めた。
黒田官兵衛とは、そういう男だ。

翌日、やはりいつも通りの調子で半兵衛がやってきたので、天下泰平はまだか、と強請ってみた。






FIN.
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