全てはその手中の中に



全てはその手中の中に

不器用な人というのは何処にでもいるものだ。
例えば言葉、例えば手先、例えば要領、例えば態度。上げればきりがないのだが、半兵衛が今まで見てきた人の中で、これ程『不器用』という言葉が似合う男も中々いないと思う。しかも、それがまた可愛らしい不器用でもなく、見る者によっては腹立たしくさえ思える不器用度だ。
その男の名は黒田官兵衛、と言う。
真っ黒な黒衣に色白い、というよりは病的な色をした白い肌。そして極めつけ顔の痣。一見すればそれだけで怯むものもいるだろう。ただそれで、人当たりさえよければまた別なのだろうが、この男は媚び諂う事をしない。半兵衛はそういう潔い男の方が好きだが、少しぐらいうまく渡り歩くための愛想も必要だと思っていた。それをこの男は全く持ち合わせていない所か、逆に無意識に他者との壁を作り疎まれる。
ある時半兵衛が忠告した事がある、官兵衛の生き方は危うい、人に恨まれる生き方だと。だがこの男、ピクリと眉を持ち上げただけで何も言わず「そういう生き方には慣れている」と、そう言った。半兵衛とて、初対面で官兵衛にいい印象は抱かなかった。むしろ官兵衛の第一印象がとても良いと感じる者がいるとすれば、その者の目さえ疑う。
しかし根気よく話せばわかる、官兵衛の思いが、不器用な生き方が。

「官兵衛殿ってさ、本当に秀吉様が好きだよね」

恐らく彼自身そう気に留めていなかったであろう事を口にすると、相変わらずの仏頂面でただ少し、眉を顰めた。まるで日常会話のように突拍子もなく言葉を発する半兵衛には慣れているつもりではあるが、相変わらずどう反応していいかわからないとばかりに官兵衛は数秒固まるが、無視をした。
好きだ嫌いだ等と言う情で動いている訳ではない。それは半兵衛にもわかっている筈であった。だから敢えて何も言わず、何も聞こえなかった振りをした。

「ねぇ官兵衛殿、知ってる?聞こえているのに聞こえていない振りをするのは図星だからなんだよ。まぁ官兵衛殿に関しては無意識なんだろうけどさ、官兵衛殿の好き嫌いは案外わかりやすいよね」 「…何がだ。大体、私は秀吉様が好きだとは一度も言った事は無い。むしろ秀吉様は織田信長の天下布武を為す一つの火種に過ぎぬ。故に、必要があれば火種を消すことも辞さぬ」

そこまで言うと流石に官兵衛も黙ってはいられない。普段ならばそのような戯言を言われようものならば10倍にして言いくるめるか、またはくだらないと無視を貫くのだがどうにも半兵衛相手になると調子が狂う。半兵衛の言い分を遠回しに否定し、己の考えを吐露していく。勿論言った言葉に嘘は無い、必要とあれば秀吉も討つ気でいた。
しかし半兵衛が我慢できないとばかりに前屈みになり腹部を抑え笑いを堪えていた。何が楽しいのか、官兵衛にはまったくもって理解が出来ない。自分は、秀吉を討つ覚悟もあると言ったつもりであった。少なくとも、忠義者の言葉ではないであろうことは己自身がよくわかっている。己自身わかっているということは即ち、半兵衛にもわかっているはずだ。

「何が可笑しい」
「あっははははは、本当官兵衛殿は面白いな。やっぱり気付いてないんだ。『織田信長』『秀吉様』後は誰かな、『明智光秀』『柴田勝家』『徳川家康』どうして秀吉様だけフルネームじゃないの?これって少なからず官兵衛殿の好意を表すよね」
「………半兵衛、それは卿の妄想に過ぎぬ、私は」
「あ〜いいよいいよもう、そんなに秀吉様の事好きじゃない好きじゃないって言われると、俺がヤキモチ妬いちゃうから、秀吉様に」
「卿の言いたい意味が理解しかねる」

戦況に関する読みや、己の私利私欲に走る者の考えぐらいならば容易く見破る事が出来る官兵衛も、半兵衛のこういった突拍子もない言動には日々悩まされる。それとなく、言いたいことの意味はわかるつもりではいるのだが、それが自分と半兵衛とに当てはまる事なのかと思うと尚更、意味がわからなくなるのだ。
逆に半兵衛はそれが面白い。人を手玉に取るのが上手い己と官兵衛だが、その官兵衛を困らせるのが非常に、面白い。知恵比べをして勝ちたいだとかそういうレベルの問題ではなく、官兵衛を困らせることが出来るのは自分だと優越感に浸れることが、だ。

「え〜?つまりはさ、俺の事名前で呼んでくれるのが嬉しい、って言ってんじゃん」

年齢不詳の幼さを残した顔に満面の笑みを浮かべてそう告げる半兵衛の言葉の突拍子の無さに、官兵衛は相変わらずついていけない。だが、やられてばかりというのも存外悔しいもので、少しばかり考えるような仕草をしてから僅かながら口端に笑みを乗せる。その顔はさながらろくでもない事を考えている悪人の面だ。

「そうか、わかった。では次より『竹中半兵衛』と呼べばいいと言う事だな」
「あ〜!何それ酷い、官兵衛殿そこは素直に嬉しいって言えばいいんだって」
「静かにせぬか、竹中半兵衛」
「酷い酷い、官兵衛殿の意地悪。自分じゃ気付いて無かったくせに」

わざとらしく拗ねて見せるが、そのような事は演技だとバレているし、バレるように見せている。官兵衛を困らせるのが好きで好きで仕方がないが、時折こうして自らが手玉に取られるのも悪く無いと思っている。無論、官兵衛相手にのみ芽生える感情だ。
事実、半兵衛の顔は笑っている。






FIN.
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