後悔をしたくないでしょう、君も 戦況は圧倒的に有利。 だが最後まで気が抜けないのは敵方に策士がいるからだ。出来れば後はもう、何もしなくても決着がつく戦になっていれば良かったのだけれど、敵の策士がそれをさせてくれない。 いっそのこと自ら戦陣に立って一刻も早く戦を終わらせたい気持ちもあるが、己の身体がそれを許さない事は半兵衛が一番よくわかっていた。 「早く終わらせてゆっくりしたいな」 「ならば休むが良い。この場は私一人で十分だ」 「……官兵衛殿がそんな事言うなんて、まさかこの戦に大どんでん返しが潜んでるとかそういうオチ?」 「何を馬鹿な…」 滅多に見せることのない官兵衛の気遣いが半兵衛を妙な気持ちにさせた。それ故にふざけたノリで返してしまったが、あれだけ戦に厳しい官兵衛が『休んでもいい』等と言うはずもない。 頭の回転の早い官兵衛のことだ、半兵衛の変化にそれとなく気付いているのかもしれなかったが、半兵衛はあくまで気付かれていないと思い込むように振る舞った。小さく咳込んで数歩前へと歩みだす。 「だって官兵衛殿が優しい言葉くれるなんて意外。官兵衛殿は優しいけど、優しい言葉とは無縁だと思ってた」 「悪かったな」 無骨そうな物言いがまさしく官兵衛だと、半兵衛は目を細めた。だからこそ、幾ら勝ちが見えている戦とはいえ官兵衛一人に押し付ける事が出来ない。官兵衛の策はいつも堅実だが、堅実が故に奇策に対応出来ない場合がある。官兵衛の布陣において、そのようなことはまずないのだが、官兵衛のことに関して半兵衛の心配は尽きない。 空を見上げるとやや雲が掛かりはじめ、あと数刻後には雨が降り出すだろう。くるり、と背を向けた身体を官兵衛へと向き直し何気ない仕草で、手を頭の後ろで組んだ。 「ははっ、俺ってば官兵衛殿が知っての通り、性格曲がってるからさ。休んでいいって言われると張り切っちゃうんだよね。それに、官兵衛殿も後悔はしたくないでしょ?幾ら圧倒的有利で勝利目前、とは言えさ天災には敵わない。だからさっさと戦を終わらせちゃおう、俺と、官兵衛殿で」 言われて、気付く。雨が降るのかと。確かに雨が降れば戦況が一転する可能性もあるのだが、たかが雨でという気もする。それ程己の策は未熟かと問い掛けたくなる官兵衛だが、それは無用だ。半兵衛がやる気になっているというのならば折角の機会だ、思う存分働いて貰うだけ。 後悔はしない、勝つのだから。 FIN. 091210 http://farfalle.x0.to/ |