私はあなたにとって唯の重荷でしかないでしょう

此処最近、半兵衛は異様な胸の苦しさを覚えていた。
取り分け思い当たる節も無く、かと言って放っておくことも出来ずに診て貰えば病気を抱えていた。
病気だとわかると、今まで抱えていた胸の苦しさの原因がわかって、妙にすっきりした。何もわからないままもやもやするよりは、原因が分かった方がいい。序に言うと余命も残り少ないらしい。それは己自身がよくわかっていた。
病気が分かってからは今まで以上に自由に生きることが出来たと思う。誰にも告げずに、誰にも知られずに、順調に病は進行していく。それ故に、半兵衛の身体はすぐに疲れを訴えた。

「官兵衛殿、俺もう駄目。疲れたよ」
「……。未だ半分も来ていないのだが」
「でも駄目。疲れた、少し休んで行こ。兵達にも休息は必要でしょ。はーい、少し休憩」

秀吉に従軍して黒田官兵衛と共に山道を行っていた時だった。急速に早まる鼓動を落ち着かせようと息を吐く。よりにもよって、一番弱い姿を見せたくない相手の前だ。半兵衛は常より被っていた帽子を深くかぶり直し、息をつく。小さな雑音混じりの呼吸は、恐らく自分にしか聞こえていないだろう。
最近は大きな声を出すのも疲れる。だが、出さなければいけない。気付かれないように。
官兵衛の従軍速度に合わせる兵士はいつも、強行を強いられていたので束の間の休息を得て、心底半兵衛に感謝した。普段ならば官兵衛の株を下げるような真似はしたくないのだが、今はそれどころではない。

「官兵衛殿は歩くの遅い癖に、進軍は速いよね。官兵衛殿もいい歳なんだから、身体労らないと」
「余計な御世話だ。それよりも半兵衛、卿は普段から休み過ぎだ」
「休み過ぎて悪いことはないよ」
「ゆ」
「遊兵を作らぬのが、勝利の鉄則だ…でしょ。はい、正解」

官兵衛の言葉を遮るようにかぶせて半兵衛が発すると、図星であったのか少しばかりむっとしたような表情を見せた官兵衛が踵を返す。この程度で機嫌が悪くなる官兵衛ではないのだが、官兵衛が先を急く理由がわかるだけに進軍を止めている申し訳なさも手伝ってか、両手を前に突き出し反動を利用して半兵衛が起き上がる。
そのまま官兵衛の後ろを一定の距離感覚で追いかける。両兵衛が歩み始めると、それだけで進軍だと休んでいた兵達もゆっくりと重い腰を上げ歩み始めた。もう少し休んでいたいという気持ちは誰しも持っているだろうと、わかっていたが仕方がない。官兵衛が行きたがるのだ。

「はい、それじゃあ官兵衛殿が早く秀吉様に逢いたいっていうから、気を取り直してしゅっぱーつ」

官兵衛の後ろから降りかかる明るい大きな声。軽く拳を天へと突き上げて、兵士達の気力を煽る。こう言った事は全く出来ない官兵衛にとって、有難くは思うのだがそもそも誰が休憩すると言いだしたかと思えば半兵衛だ。感謝するほどでもなかったか、と官兵衛が思いなおしたその時、のしっと背に何かが覆い被さる。
『鬼の手』なるものを持つ官兵衛であるからして、普段から所謂『そう言った類のもの』には慣れていたがそれとは違う感覚だ。何より、背に伝わる温かさと共に硬さがある。

「降りんか、半兵衛」
「ほら、俺ってば一応軍師様だから一般兵より休憩時間長いんだ。それで、官兵衛殿がどぉおおおしても早く行きたいっていうから背中でも借りようかなぁって」
「いいから降りんか、重い」
「重いとか酷いな〜、本当は嬉しい癖に。こんなことしてあげるの、今だけだよ」

冗談の中に含んだ制限の言葉に、恐らく官兵衛は気付かないと踏んでいた。真っ直ぐなこの男は、前しか見ることが出来ない。今現在の頭の中は進軍のことで頭がいっぱいだろう。その片隅にでも割り込めれば等とは考えてはいないが、冗談の中に込めた気持ちが伝わるように、官兵衛の首元へ輪を作るように手を回しキュッと指と指を強く握りしめた。
いざとなれば振り落とせるこの体勢を保とうと、官兵衛が支えようと一度立ち止まる。恐らく振り落とすのすら面倒なのだろうとわかってはいるのだが、やはり少しだけ嬉しさがこみ上げる。

「官兵衛殿はや〜さしいなぁ。大好き」
「つまらん事を言っていないで降りんか」
「やーだ。このまま秀吉様の所まで行こっか」
「死んでも御免だ」

重い足を引きずりながら、それでもきっと彼は連れて行ってくれる。喋る荷物を。
その優しさが嬉しくて、痛くて半兵衛は数秒目を閉じた。






FIN.
091210
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