Fool's Day

ふと、思い立った事があって手紙を書いた。
常日頃ならばそれは果たし状になるであろう。
果たし状を書くときは生き生きしている伊達が、思いあぐねて必死の思いで書き綴ったそれはまさしく恋文と呼ぶに相応しい雰囲気を纏っていた。
時折遠くを見て溜息をつく伊達の後姿を心配そうに眺める小十郎の姿が、噂に噂を呼んで城内はどよめいた。
噂の発信源は言わずともわかっている。成実だ。
だが伊達は特に何も制裁を加えず、文を飛脚に持たせて運ばせた。
一体相手は誰かと勘くぐるものが現れたが、飛脚の後姿を見てニヤリと笑う伊達の笑みは好いた者に送るにしては随分と悪意が見て取れた事から小十郎は悟ってしまった。
『殿も物好きな…』








一方その頃、飛脚から文を受け取った直江の肩は戦慄いていた。
怒りか感動か恐怖か、何れかの感情にそぐうのかさえ甚だ疑問ではあるが、確かにその肩を震わせて文を凝視していた。
普段ならば破り捨ててしまうやもしれぬ相手からの文。
しかしそこに羅列された文字の数々を見て、嘔吐感でも襲ってくるのではないかとさえ思わせた。
宛人を間違えたのではないだろうかとさえ思うその内容は、何度見直しても伊達から直江に宛てられたものである。
日の光に透かしてみても、他の者の名は出てこない。
一体どういう仕掛けがあるのだろうと思案したが、やればやるほど直江の名以外は浮かび上がらず次第に引き攣る頬が自分自身で感じられるほどである。

「な、なんだこれは!!山犬め、ふざけるのも大概にしろ。……我慢ならん、馬を出せ!!!」

普段ならばこのように躍起になって行動を起こすような直江ではないのだが、この時ばかりはそうはいかなかった。
周りの者から見ればあの怒り方は伊達からのものだとすぐにわかるのだが、その内容までは見えない。
いつもの通り果たし状…にしては直江の怒り方が妙である。伊達が直江を怒らせる術でも発見したのだろうかと考えては見るが、その考えている間にも直江の怒りが飛び火してきそうだと皆々黙って直江を見送った。
誰もついていかないのは、こういう時伊達家は卑怯な手を使ってこないとわかっているからだ。
激しく対立しているのは伊達と直江のみで、その対立の端々でお互い少しずつわかりあう箇所が出来てきた。無論、領土争いに関して一歩も譲ることがないという信念はお互い曲げずに。







ドッドッドッド荒々しいほどの馬の蹄の音に伊達家領内がどよめいたが、その蹄の音が一つであること、その馬上に乗っているのが直江であるということがわかると皆、安心したような顔をして。むしろ何処か、微笑ましいというような生暖かい視線さえ向けていた。

「かねつぐだー。また殿様のところに行くの?」
「うむ!今は急いでいるので帰りにまた逢おう」
「うん、ぜったいだぞ!またね」

伊達領内で擦れ違う子供でさえ直江の事を知らない者はいない。
知らずとも、こうも毎回のように単機で訪れては自然と覚えるというものだ。
そして取り分け直江は女子供とよく接する。
戦渦に巻き込む事になるやもしれぬ相手と接することは避けたかったが、直江の性格がそこまで冷徹になれはしなかった。
だがいざとなった時の覚悟は決めているつもりだ。無論、つもりでいけない事はわかっているし、伊達と決着を付けるときは出来れば静かにつけたいと願っていた。
願っていた、が…これは許しがたいとばかりに城門を潜り抜ける。
直江が来たと聞いて予めあけておいた城門を潜り抜けては伊達家の庭を疾走し、そのまま伊達の部屋まで駆け抜け…はせずにきちんと厩に馬を預けてそこから中を通らずに庭を全速力で走りぬけた。
見慣れた庭に見慣れた障子。
石畳の前にきて一度大きく息を吸い込む。
その息の吸い込む音があまりにも大袈裟で、室内の伊達にまで届いてくるものだから可笑しくて可笑しくてたまらない。
此処に来ること事態、伊達の思惑の一部であるのだから尚更。

「政宗!!出てこないか、何だこれは」

やはり思った通りの反応をする直江の様子に可笑しくて可笑しくて、笑い声が漏れそうになるのを必死に抑えこんだ。
上がって来いといっても自分の部屋には上がりたくないということも目に見えているので、笑いがおさまってきたところで立ち上がり障子をあけ開く。
開いた先に丁度良く文が飛んできてそれが顔面に直撃したりもしたが、それはそれだ。
顔にあたって落ちた文を拾い上げて、我ながらよく書いたものだと再び笑いがこみ上げてくるが今はそれどころではない。

「何だとはなんだ。わしの思いのたけをこうしてほれ、綴ったのではないか」

直江の顔を見ると口端が緩んでしまい締まりのない表情になるのを寸でで抑えこむ。しかし今の直江にとって緩んだ口端でさえもいつもの小憎らしい笑みにしかみえない。
伊達が拾い上げた文の文面を直江側へと見せてくるものだから、思わずそこから目をそらすと耐え切れず伊達がクッと小さく笑い声を漏らした。

「な、何が可笑しい!!!大体、お前が私の事をす……す、すすすす好いているなど」
「なんだ、わざわざそんな事を言いに此処まで来たのか?愛い奴よ」
「なぁっ!?じょ、冗談も大概にしろ!!私の事をす、好いているなど嘘であろう」

気のせいか、若干頬に赤みのさす直江の反応は予想外であった。
否、これが照れではなく怒りならば赤くなるのにも合点がいく訳だが、どうにもそうではないらしいと言う事はその口調でわかる。
面白がって更にとからかってみると、一瞬呆けたような表情をしてから今度は怒りに達したらしく眉間に皺がよるのが見てとれた。
流石に伊達も引き際というものは弁えているので、此処までかと少し残念そうに溜息をついた。

「嘘に決まっている」

間髪いれず、至極あっさりとそう告げるとその答えを待ち望んでいたはずの直江は再び呆けたような顔をして、まじまじと伊達を見た。
その後伊達の手元の文へと視線を移してからもう一度、伊達を見る。

「…な、ならばその文は」
「まぁ何というか、余興の小道具じゃな」
「何故嘘などつくのだ!!!」
「はっ、田舎物の貴様にはわからんだろうが、諸外国では4月1日は『えいぷりるふーる』と言って嘘をついても良い日なのだぞ。わが国では『四月馬鹿』ともいうな。まさしくお前の事よ兼続!!!このような文に惑わされおって馬鹿めが!!」
「ばっ、馬鹿とはなんだ!!!大体諸外国の理念など持ち込むな!」
「田舎者がギャアギャアと煩いのぉ」
「お前こそ田舎者ではないか!」




それから言い合いは日が沈むまで延々と続き、それも小十郎の仲裁が入って漸く収まったというオマケ付き。
直江が帰ってしまうと張り合いがなくなるのか、先程の伊達は一体なんだったのかと思う程大人しくなり直江につき返された文をぐしゃりと握り潰す。
その様子を見て何を悟ったか小十郎が小さく笑い声を漏らし、目ざとくそれに気付いた伊達が不満そうにそちらを見る。

「何じゃ小十郎」
「いえ、月初めに直江殿のお顔が見れて良かったですね。さて、殿に怒られる前に小十郎は戻ります」

言うだけ言うとさっさと伊達の部屋から出て行ってしまう小十郎の言葉に、伊達は一瞬言葉を失った後言い返そうとは思ったが、既にその相手はいない。
悔し紛れにもう一度、力の限り文を握り締めてやった。
「……四月馬鹿はわしの方か」




FIN.





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