華に生を、君に死を

華を手折ってしまえば、その華はもう生きることが出来ない。
あとは訪れる死をただただ待つのみだ。
徐々に痩せ細っていく華は、死と隣り合わせという臨場感も手伝ってか
尚更、綺麗に見えた。




生きていれば相容れない人間に出会うこともある。むしろそれが普通のことで、その時が訪れないはずが無い。
今までに何人も居た。嗚呼、この男とは相容れぬ。そう思って終わっていた。伊達家当主であればそれが許されていた。すべて、上辺だけで取り繕えばよかった。
その中で、手に入れたい男が居た。大きく、空を見上げるようにして見上げなければ目をあわせられない程大きな男だった。獅子のような髪の男、それでいて強かった。
百獣の王のような男を、手に入れたかった。
この男を手に入れれば自分は、王になれると思った。だから何度も自分の下へ来いと誘ったが、その考えが読まれていたのか、男は自分の嫌いな男のもとへ行った。
愛だ義だと、年甲斐も無く叫ぶ男の姿は見ていて滑稽であると同時に、腹立たしい。いつか屈させてやると、心に秘めた闘志を隠すことが出来なかった。
何故か、この男と合間見えると自分は自分を失う。否、失うのではない。取り戻すのだ。
繕ってきた自分を取り戻す。
利に群がる山犬だと、あの男は言った。上等だと、いつかその口を塞いでやろうと思った。





「兼続、目を開けぬか。まだ終わってはおらぬぞ」

暗がりの部屋の中、灯された仄かな明かりが揺らめく。
褥に横たえた身体は白く、細い。細身と言った細さとはまた違う。抱きしめると壊れてしまいそうな儚さを合わせ持っていた。
あの男を、腹立たしくて目障りで仕方が無かった男を手に入れた。ただこれは自分が望んだ形ではなかった。力で屈させるのが目的であったのに
この男―――主君のために自分を売ったのだ。
上杉が徳川に降ること、本意であったとはとても思えない。だがしかし、確かにこの男のおかげで上杉は存命している。
愛だの義だの口走っていた男がこの様かと、なじりになじったが直江は何も言わなかった。嗚呼、こんな男を求めていたのではないと思って、伊達はカッと目を見開く。
最近、自分の感情がわからなくなるときがあるのだ。欲しかった男はそう、あの百獣の王のような男だ。何もせずにその男を手に入れたこの男が、憎くもあり羨ましかった。
それなのに、何処かで自分はこの男を求めていた。
この男の真っ直ぐに見てくる瞳が嫌いで、けれどもそれは自分を一人の人間としてみてくれている証でもある。生まれたときが遅いというのは非常に不利なもので、どんなに正当な意見を説いてもあしらわれる。所詮子供の戯言よ、と一笑される。
しかしこの男、そう思って伊達は考えるのをやめた。考えれば考えるほど自分の気持ちがわからなくなる。
恋うている筈が無いと、

「兼続、聞いておるのか」

横たわる身体を足蹴にして、苛立ったような口調で呼びかける。
最初の頃は反抗的な態度を見せていた直江も、徐々に抵抗することをやめていった。もう睨んだり、口煩く罵ったりすることもしなくなった。ただ虚ろな目で、何処かを見つめていた。
最初から抱いても声は耐えて出さなかったが、口付けようものなら噛み付きそうな程自分を憎らしいと思っているその瞳にゾクゾクした。伊達を見ていたその瞳が今はもう、その姿を映さなくなっていた。

そこまできて漸く、直江の生を手折ったのは自分だと気が付いた。

手折った花が水を吸わなくなるのと同様に、直江も生きることをやめてしまった。
このようなことがしたかった訳ではないのに。少しも自分を見ようとしない男を、ただ少し痛めつけてやろうと思っただけなのに。
嗚呼、嗚呼。
呆然として泣き崩れる。片目からしか流れない涙が直江の頬に落ちて、それがまた涙に見えた。泣くなと言い聞かせては溢れる涙が、落ちてはまた、頬を濡らす。
濡らしていたのは涙だけでは無く、生温い。生温くて、赤い

「兼続、何か言わぬか。聞こえぬ振りなどするな!何か、何か申せ……頼む」

抱きしめて、引き寄せて。この手に残る感触を忘れないように。
嗚呼もう、こたえる事は無いのに。
自ら手折った生を、絶った命を
今更惜しいと思うだなんて、そんな。






FIN.






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