雨は君がために

雨の日は気が滅入る。
降りしきる雨の中ではろくな鍛練も出来ないし、何より策に影響が出る。しかし民の為を思えば雨水は必要不可欠なものであることも確かだ。水が無ければ作物は育たないのである。だから多少の雨ならば民の喜ぶ顔が見れて嬉しかった。
だが少しだけ雨の日が嫌いになる出来事があった。それは必ず、狙いすましたかのように雨の日にやってくる。しかも性質の悪いことに自分一人を狙ってやってくるのだ。
だから直江は上杉の兵に、景勝に迷惑をかけぬようにと雨の中を一人、陣中外にでることがあった。慶次がついて来ると行ったが、それも断った。相手は慶次のことを気に入っている。余計な波風は立てたくなかった。
ドッドッドッドッ
聞き覚えのある蹄鉄の音に直江はほら来た、とばかりに溜息をつくがすぐに剣を構えた。
雨は未だ止む事を知らず、ただひたすらに降りしきる。近いところでピカリと何かが光った。雷ではない。それはよく見ると三日月の形をしていて、次第に近づいてくる。

「馬鹿め…!のこのこと一人で出て来おって」
「ふん、山犬め。その言葉そっくりそのまま返してやる。供も付けず敵陣に乗り込むとはな…!!」

キンッ、馬上の伊達が振り下ろした剣を辛うじて直江が弾き返す。雨の日は反応が鈍くなる。加えて伊達の、この剣は時折氷を発生させる為、気をつけねば全身氷漬けという事態にも成り兼ねない。
ピシッと音が成ると同時に、左肩の動きが鈍くなっている事に気が付きはたと目を見張ると、そこには氷の結晶が残っていた。

「兼続、よそ見などしている暇はないぞ!」

立て続きに振り下ろされる剣を受け、直江が身じろぐ。伊達は本当に油断がいかない男で、一瞬でも気を抜けばその身軽さを生かしてふわりと空へ飛び、すかさず発砲してくる。
直江は銃声の音が嫌いであった。バンッと勢いよく音が鳴るたびどうしても肩をすくめてしまうのだ。その様子を見て、伊達が楽しそうに笑うことも知っている。
しかし、わかっているからと言って一朝一夕でやめられるものでもない。

「ほ、ほざけ山犬め…!異国の物に頼らなければ強を張れぬ愚か者めが」
「はっ、兼続め言いおる。良いだろう、今日は銃を使わん。」

取り出した二丁拳銃の片方をしまい、代わりに二太刀の剣を手にする。ギラリと不気味に光るその太刀が、言いようも無い程恐怖を与えた。
しかし直江とて剣だけの勝負ならば負けない自信はある。あるとは言っても伊達の刀の属性は厄介だった。一瞬間とは言え、やはり隙が出来るのはどうしても避けたい。
キンッ――金属が跳ねるような音がして、ぶつかる。刃の先が凍っているのがわかった。直江の武器は炎をだすため、溶かすことは出来るがこの雨ではその威力も半減する。
伊達に炎をくれてやることすら出来ずに、歯痒い思いがした。札を周りに配し守りを固めるが、それだけでは伊達に敵わなかった。

「どうした兼続。折角銃を使っていないのだ、かかって来んか。……それとも、この大雨では自慢の剣も振るえぬか」
「なっ…!!貴様まさか」

ニヤリ伊達の口端が釣り上がって挑発的な笑みを浮かべると、直江の眉根がピクリ、釣り上がる。
やけに雨の日ばかりやってくると思ったらそのような理由があったとは。自分と相手の武器の性能を見極めた、確かにそれは策であった。
しかし、しかし狡い男だ。
他の者ならば関心したかもしれないが、相手はこの伊達政宗、である。伊達に嫌悪する事はあっても関心などあるものかと、何処かでそう思っている節がある。
キンッ、刃と刃が触れ合うたびに、確実に剣の切れ味が悪くなってきている。それは相手方も同じである筈なのだが、伊達は一向に引くことを知らない。じれったくなって一度、間合いを取る。
確かにこの雨では剣の威力を出し切ることも出来ないが、まともに札を使うことすら出来ない。しかしそれが伊達の思惑通りだということを、認めたくはなかった。

雨足は尚更激しくなり、次第に視界にも不自由が出る程になっていた。轟々と音を立てて落つ雨は兜を伝って顎に落ちた。ひやり、雨ではないものが背を走る。
伊達が何処から来るかわからない恐怖が、胸中を支配していた。この豪雨の中、降りしきる雨の中、伊達は動けるのだろうか。ふと、そう思った。
ジャキンっと刃のなる音がして、振り向く。

「兼続…わしの姿が見えるか。わしにはよう見えるぞ…お前の焦り惑う姿がな。雨の日は気分がいい、この雨がわしを天へと駆り立てるのだ」

陶酔するような伊達の声も、雨音にかき消されて所々しか聞こえない。断片的にしか聞こえない声に直江の苛立ちが募る。雨を、空を斬るように一度剣を振るう。ブンッ、と音がした。天さえもあざ笑うかのようなその音に、震え、苛立つ。
一時さえも気を緩められない妙な緊張感の中、ビチャっと濡れた土を踏みしめる音がして直江が視線を向けた。目の前に立つ男は不気味な笑みをたたえていて、確かに雨ではない冷たいものが背を走った。

恐怖、と人は呼ぶのだろうか。

ピカリと遠くで雷が落つ。今度はあの三日月ではなく、三日月の後ろで光っていた。
嗚呼この男、雨に魅入られている。
雨がこの男を欲していた。
この男が天下を欲するように、雨もまたこの男を欲していた。

この雨に
いつかこの雨に誘われて龍は、天に昇るのだろうか
昇る日が来るのだろうか





FIN.






060707

 

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